日本人と西洋人の拍の取り方の違いに関する話

例によって、書くことがすでに決まっているので、前日のうちに更新します。
8日の記事をまだ読まれていない方は、そちらも見逃さないように。力作なので(笑)


以前東京の合唱団Rで府中市の合唱祭に参加したときに、講評の先生が面白いお話を
されていました。お題は「日本人と西洋人の拍の取り方の違い」。
日本人と西洋人とでは、音楽において拍の取り方が全く違うそうです。


まずは、自分の手で拍子を取って試してみてください。
わかりやすく、1秒に1回拍をとることにしましょう。
ほとんど全ての日本人は、「手を叩く→0.5秒手をあわせる→0.5秒で手を離し、次の拍を取る」
という風な拍子のとり方をするはずです。(文字ではいまいち伝わりにくいですが…。)
しかし西洋人の場合ですと、これが「手を叩く→0.1秒手を合わせる→0.9秒で手を離し、
次の拍を取る」という風にするそうです。もっとわかりにくく言葉で書くと、
日本人は「ターン、ターン」、西洋人は「タンッー、タンッー」という風です。
試してみてもらえば、なんとなくわかってもらえるのではないでしょうか。
恐らくある程度音楽を学んだ(日本人の)西洋音楽の指揮者ですと、
間違いなく後者で拍をとっていると思います。
しかし日本民謡などを囃す人や、飲み会での拍子や、ていうか
ほとんどすべての日本人は前者で拍を取るはずです。


昨晩(今晩)だるかったので寝そべりつつ、とある声楽アンサンブルのCDを聞きながら、
無意識に足の裏で手拍子(?)をし拍をとっていたら、モロに前者(日本人)の
拍の取り方であることに気付き、そして上記の話を思い出し、苦笑しました。


概して、日本式(1拍目→2拍目までの体感的時間が短い)の拍のとり方で
西洋音楽を演奏しようとすると、鈍重で歯切れが悪く、音楽の流れが悪くなると思います。
(これは上の講評の先生が指摘されていたことでもあります。ていうか受け売り。)
そのわけは、一つは西洋式の拍の取り方(1拍目→2拍目までの体感的感覚が長い)
ですと、結果的に裏拍を意識することになり、リズミカルで快活な音楽が
生まれるのだと思います。(これは持論。ていうか考えたらすぐわかる?)
つまり、「タンッー、タンッー」という拍をとっているとき、頭の中では
(タンタカ、タンタカ)という裏拍を含んだリズムが流れているのだと思います。たぶん。


もちろん逆に日本の音楽を西洋の拍子で演奏すれば、相当奇妙になると思います。
例えば外国人がソーラン節を演奏したりすると。要はお国柄なんですな、音楽の。
リズム性を比較するならば、例えばソーラン節とベートベンの「運命」とかでしょうか。
(実はぼくはまともに「運命」聴いたことないんですが…まあそれはおいといて)
しかしながら、もともと快活なリズムに乏しい日本の音楽を西洋的に
演奏すると、それなりに印象がガラリと変わって、激しくヴィヴィッドで
面白い演奏になるのではないと思いますが、逆に「運命」を日本の
マチュア初心者オケが演奏したりすると、単にダラダラしているだけで
全く面白くないと思います。リズム性に乏しいものにリズム性を付け足すのは
楽しいですが、リズミカルなものを非リズミカルに演奏するとただの駄演奏になりますね。
その辺は少し西洋人に嫉妬を感じるところです。


ところでリズム感覚というものは音感やハーモニー感覚に比べて格段に
鍛えるのが難しいものだと思いますが(はじめの二つは、いい団体のいい演奏を
たくさん聴けば、いやでも身に付くものだと思います。
まあそれを実際音にするのはまた別の話なのですが…)、
その理由の一つは、リズムには楽譜にあらわせない面があるからだと思います。
どうしても感覚に頼る部分がありますね。
楽譜に表せないリズムの一つの例として、「ぴょんこ節」というものがあります。
ぼくは過去に一度だけぴょんこ節を含む合唱曲を歌ったことがある
(というより、それは童謡の「あの町この町」です)のですが、
指揮者の先生が「付点八分でもないし三連符でもないし、日本独特の
リズムなんだよね。ぴょんこぴょんこ、って。わかるでしょ?」と
指導されていたのが記憶に残っています。確かに楽譜には
表せないかもしれませんが、日本人ならだれでも拍子を取ることができると思います。
「あの町この町」を知っている人は歌ってみてください。
少し話しがそれますが、将来リズムというものが科学的に完璧に解明されて、
すべてが数値で表せるようになり、そしてそれがある種の演奏法として確立され、
一般に浸透すれば、世界の音楽は革命的といえるくらいに
変わるのではないでしょうか。それでは面白くない気もしますが。うーん。


そういうわけで、西洋音楽を演奏するときは拍の取り方に気をつけましょう。
上記の理由で、大抵の国内合唱団の西洋合唱曲の演奏は面白みがないのだと思います。
(音楽の流れが悪い。)指揮者が意識していても、演奏者が意識していないと意味がないですし。
これは正に音楽の根幹にかかわる問題でしょう。それにしても思い出してよかったこの話。


率直に言うと、日本人が西洋の曲を演奏するのは非常に困難だと思います。
なぜなら20歳の人なら20年、50歳の人なら50年、日本式のリズム感が
体に染み付いているからです。これを西洋式に変えるのは、
1ヶ月や2ヶ月の訓練ではとても無理だと思います。
繰り返し書きますが、いくら指揮者が有能で「ここはこういうリズムの取り方をするんだよ!」
とか「ここはタンッ、タンッ、タッターン!という風に!」と熱心な指導をして、
かつまた演奏者側もそれに忠実に従って演奏したとしても、
演奏者側に肉体的なリズム感が備わっていない限り、
本当の意味で西洋音楽西洋音楽として演奏していることにはならないと思いますし、
演奏もそれほど感動的にはならないと思います。(ある程度はうまく聴こえるでしょうが)
それは例えるならば、意味を解らずに漢文を素読していることに等しい。


実践的な話をするならば、例えば合唱の練習日毎に、
本練習に入る前段階として、「タンッー、タンッー」という西洋式の
手拍子をしながら、簡単な曲を歌う、という練習を15分くらいする。
さらに本練習の合間にも、ちょこちょこ指揮者が西洋式のリズムで歌うように注意する。
さらにできるならば日常生活においても、音楽を聴くときは、西洋的な
リズムで拍を感じるように意識する。このような地道な努力を重ねてはじめて、
聴衆を真に感動させるような、というよりも、本来作曲家が意図したような
演奏が可能になるのだと思います。もちろんこれは西洋の合唱曲に関する
話であって、邦人合唱曲になると、話は変わってくるかもしれません。
その辺はあまり詳しくないので、まあ…逃げます(笑)


この話について、さらに付け足したい話題があるのですが、時間がないのでまた今度にします。
予告しておくと、内容は「矢野顕子プレスリーと黒人・白人、そしてリズム感」。
なんて意味深な予告だ。なかなか画期的。気になる人は毎日ブログを
チェックしてください。(笑)最後に断っておきますが、
ぼくはクラリネットを吹いていたときもギターを弾いていたときも
合唱を歌っている今も、かつてある合唱曲で木魚を叩く役を任命されたときも、
常にリズム感がないです(笑)あしからず!
リズム感だけは音楽を聴くだけじゃ上達しないんですよね〜。
そのへんが音楽の難しさであり、楽しさでもある。
難しいっすねえーーーホントに。


ではまた。

じゃ音楽聴くときはどうします?に関する話

今度は9日からの更新。今日は常識的な長さになっていたのに蛇足。
いつもこうやってなにかしら付け足すことで以前よりわるくなるという、
まるでぼくの人生を象徴しているような行為だ。
ていうかぼくは常にマイナスの方向に付け足している気がしてならない。


いつも通り本題と関係のない前置きはこの辺にして。
上では拍の取り方に関する名文を書きましたので、(我ながら関心するほどの出来だ)、
今度は音楽を聴くときどういう聴き方をすれば、西洋式の拍の取り方が
身に付くか、ということについて考えてみます。
考えて見ます、というか、三行くらいで終わると思いますが。


まず、ジャンルとしてはやはりリズムが命のジャズとかブルースとか、
黒人音楽とか、その辺がいいでしょう。要するにグルーブがあることが重要。
そんな音楽聴きませんという方は、手持ちのJ-POPでもどうにかなると思います。
なるべくリズムを重視している曲がいいですね。
具体的に言うとハねている(シンコペーションとか。
ていうかシンコペーションってなにを意味するのかいまだにわからない。
思えばクラリネットを吹いているときからシンコペーションは苦手だった。
ていうかシンコペーションってなに?)曲が適しますね。


それで、まあ別にそんなに特別なことはしないんですが、とにかく
上に書いたように、手でも足でも体でもヘッドバンギングでもいいから、
「タンッー、タンッー」という拍を取りながら聴く。
これくらいなら簡単だと思います。むしろジャズやブルースを聴いているときは
自然に西洋式のリズムで聴いてしまうかもしれない。
次のステップは、裏拍にあわせて、「タンッー、タンッー」と
リズムを取りながら聴く。これもまあ簡単でしょう。
ていうか裏拍を取りながら聴いたほうが絶対に楽しい。
ヘッドバンギングには裏拍も表拍もクソもありませんが。
あれは上下に頭を激しく振って、表裏拍を同時にとるという芸当なんですね。
メタルは基本装備。まさにくそみそテクニック
(意味がわからない方は「ヤマジュン」で検索してみてください)


話が脱線しました。
最終ステップは、裏拍で「タンッー、タンッー」とリズムを取りながら、
さらに頭の中でもしくは実際にその裏拍(実際は表拍)を感じる。
上に書いた(タンタカ、タンタカ)というやつです。
これははっきりいって難しい。ぼくにはできません。
ていうか自分で考えておきながらできないとはいかがなものか。


こういう練習はいくらでも創出可能だとおもいます。
自分なりにエクササイズを作り出してみてください。
ちなみに音大や芸大では、当然ですがリズムに関してもかなり鍛えられるそうです。
以前音大声楽科卒の合唱団員の方に教えてもらったのが、
「左手で2拍子、右手で3拍子を叩く」
難問です。リズム感ないぼくにはサッパリ。でも答えはあります。
その人は簡単にやってのけました。
「答えは、最小公倍数の6だよ。6回で合うようにすればいいんだ」
つまり、0(両手)→1(なし)→2(右手)→3(左手)→4(右手)→5(なし)→6(両手)のように。
答えを聞くと納得。


矢野顕子となんとかかんとかの話はまだ今度。それもリズムに関するいいお話です。
ではまた。