浪人ニッキ41

uchiochan2005-10-26

今日も詩の紹介です。
(平たく言うと手抜きです)

「腐れ肉」


あの爽やかな夏の朝、わが恋人よ、ぼく達が
    見たもの 思ひ出して御覧。
とある小径の曲がり角で、敷かれた砂利を寝床とし、
    醜怪な腐れかかつた獣の死骸が、


淫奔な女のやうに、両足を宙に晒して、
    熱ばんで 毒気を発汗させながら、
無造作な 何憚らぬ図太さで、悪臭の
    充満してゐるその腹を 拡げてゐたのを。


太陽は、この腐敗した 肉を程よく焼かうとして
    糜爛(びらん)の上に 照りつけて、
大自然が一つに結合させてゐた全ての元素を
    百倍にして返さうと、(かがや)いてゐた。


また大空は 一輪の満開してゐる花のやうな
    この素晴らしい残骸を 見おろしてゐた。
臭気が強烈だつたので、草の上に きみは倒れて
    危く気を失ふところであつた。


青蝿は 腐つた腹の上で唸りを立ててゐた。
    その腹から 蛆虫の 黒い塊が
這ひ出して この襤褸)ぼろぼろ)の生肉の上をつたうて
    どろどろと 濃い液汁のやうに流れた。


浪のやうに これら全ての蛆虫は 低くなつてはまた高まり
    ぱちぱちと音を立てながら這つてゐた。
腐つた肉は 漠とした息吹によつて膨らんで
    繁殖しながら生きてゐたやうでもあつた。


また この世界が奏でてゐた不思議な楽は、流れる水や
    風のやう、或は ()()る百姓が
律動的な運動で 箕の中に 揺り動かして(あふ)つたり
    躍らせたりする麦粒の音のやう。


形体は 崩れて消えて、もう夢となつてしまつた。
    忘れた画布の(おもて)に ただ思出を
たよりに画家が 描きつづけ、ためらひ勝ちに
    浮び出る 一枚の素描に過ぎない。


岩のうしろに 不安げな牝犬一匹、ぼく達を
    怒つた眼つきで 睨みつけ、
その食ひ残した腐れ肉を 骸骨から
    取り返す隙を (ねら)つてゐた。


――だがしかし、わが恋人よ、わが天使、わが情熱よ、
    きみだつて、この汚穢(おゑ)に、この恐ろしい
腐爛の臭気に 似た姿と いつかは成らう、
    わが眼には星と輝き、わが本性には太陽のきみよ。


さうだ、さういふ姿と成らう、おお 優美なわが女王よ、
    臨終の秘蹟の後に、
生ひ茂る草 咲きほこる花の 根元の骨塚に
    白骨と きみが 黴て腐つてゆく時。


その時に、おお わが美女よ、接吻しながら蝕んで
    きみを食い尽す蛆虫に 言へ、
詩人たるぼくこそは ばらばらに崩れてしまつた恋愛の
    形体及び神聖な本質を保存したぞ、と。

(ボードレール鈴木信太郎訳)


はじめこのを読んだときはぎょっとしました。
なんてグロテスクな詩なんだろうと。
しかしながらこれだけ細やかに躍動的に描写されると、
そのグロテスクさも美しさと見紛うから不思議です。
デカダン香る詩です。(いや、フランスだからなんとなく笑)
しかし最後の段落、すごい自信ですね、ボードレール


それではまた。