98年6月25日

今日はPC使用制限時間の30分が目前に迫りつつあるので、早速アメリカ三行日記に入ります。

今日は、中学のESLに行かなくていいという事が決まりました。卒業証書はもらったんだけど、中学のESLでテストを受けて、ESLに行く必要があるかどうか決めるはずだったんだけど、担任の先生がいかなくても大丈夫と思ったから、そういう事になりました。やったね!


ESLとはEnglish As A Second Langageの略で、英語を母国語に持たない生徒が、
英語を学ぶために受けるクラスのことです。
「外国人」は通常の授業とは別に、ESLの授業が組まれることになります。
同じクラスにはディエーゴというブラジル人の男の子と(ぼくがちょっかい出していたため
仲が悪かった)、ヒュンジーという中国人の女の子がいました。
ディエーゴはぼくと同じ頃にアメリカに来たため、ESLでは正に切磋琢磨していました。
が、結局彼の方が英語は得意になりましたね。自分、内気ですから(笑)
ヒュンジーは割と長くアメリカに住んでいるようで、かなり英語が得意でした。
彼女は中学ではESLは受けていなかったはずです。
日記では「中学のESLに行かなくていい」と書いてありますが、なぜだか
結局ミドルスクールでもESLに通うハメになりました。
恐らくエレメンタリー(小学校)とミドルの間で連携がうまく取れていなかったのでしょう。


ところでエレメンタリーには、日本人は同じ学年に僕を含め2人しかおらず、
しかももう1人の女の子(確か、名前はもえちゃんといいました)は
アメリカ生活が長かったため、英語は不自由なく使えているようで、
(むしろ日本語が話せない)、ぼくが日本語を話す相手はいませんでしたが、
中学に入ると同学年に日本人が7、8人いたため、
そこでのESLは、ほとんど日本語ダベりクラスと化していました(笑)
日本人はどうしても固まってしまうものですね。
もうちょっと書きたいことがあるのですが、時間がないので、また今度。


あ、制限時間40分過ぎた…それではまた。