Playing with English(その2)

では早速。

SCENE III  A room in Polonius' house. 


    Enter LEARTES and OPHELEA 

  Leartes. My necessaries are embark'd: farewell:
And, sister, as the winds give benefit
And convoy is assistant, do not sleep,
But let me hear from you.
  Ophelia. Do you doubt that?
  Leartes.Hold it a fashion and a toy in blood,
A violet in the youth of primary nature,
Forward, not permanent, sweet, not lasting
The perfume and suppliance of a minute;
No more.

(from Shakespear's "Hamlet") 
  レヤ 必要の品々も積み込んでしまうたれば、さらばぢゃ。いもうとよ、出船、順風の便宜のあるたび、居眠ってをらいで消息(たより)をしやれよ。 
  オフ すまいとばし思うて? 
  レヤ ハムレットさまの、あの空めいたおいとしがりはな、結句一時の浮気心、若い気分のざれ事、いはゞ春育ちの菫の花ぢゃ、早咲ぢゃ程に萎る(すがる)ゝのも早い。美しうはあれども当座の詠(ながめ)ぢゃ。香も慰みも徒の(ほんの)束の間、只それほどゝ思うがよいぞよ。

(坪内逍遥訳) 


2回目からシェイクスピアをもってくるとはなんともインテリジェンス。
ボクはむしろインテリアですが。(←これマイ十八番)
下は坪内逍遥博士の華麗なる翻訳です。むしろこっちの日本語の方がわからない。


えー、『ハムレット』を読んだことがない方のために、ハムレットデンマークの王子。
レアティーズはオフィーリアの兄。オフィーリアはハムレットの恋人です。
場面はレアティーズがデンマーク国王にフランス遊学を請うて、許可を得、
出立のところ、妹のオフィーリアに別れを告げているところです。


ていうか下に坪内大先生の和訳をつけているのであんまり書くこともないのですが、
順にテキトー解説。My necessaries=旅の必要品、embark'd=embarked<embark=積み込む。
winds give benefitというのは文字通り順風満帆に船が進んでいることで、
convoy is assistantというのはよくわかりませんが、辞書的に解釈すると
「護送船が頼りとなる」という意味だそうです。つまりレヤのいいたいことは、
「船の調子がよかったら、お前は居眠りとかしないで手紙書いてちょ、兄さんさびしいから」
ということでしょう。たぶん。よくわかんないけど。


つぎのオフの「すまいとばしおもうて?」というのは大問題(英語は無問題)。
「(手紙を)しないだろうとでも思っているの?」という意味だと思いますが、
これが後々かなり面白いことになってくるのでまたあとで。


つぎのレヤの言葉の大意は、「ハムレット様は地位の高いお方であるし、お前を好きなのも
気まぐれだ、若いし気は変わりやすいよ、深入りすんなよマイシスター」という意味。たぶん。
Holdというのは「〜と思え」ということで、ハムレットの気持ちは
fashion=流行り、一時の気持ちで、toy in blood=戯れの気分であるぞ、ということでしょうか。
bloodっていうのは性格とか性質とかそんな意味だと解釈してよろしいのかしら。


A violet in the youth of primary nature=「春育ちの菫の花」というのは名訳ですね。
violet=スミレ。youth of primary natureを「春のはじめ」と解しているのはすごい。
それは思いつかなかった。primary(第一の) nature(自然)=春ということか。
ボクだったら「若気に宿るスミレ」とか訳しますね。坪内先生すげぇ。


次は対句で、Forward(移り気)⇔permanent(一途)、sweet(一時の甘い愛)⇔lasting(冷めない愛)
ということですね。この辺はシェイクスピア御大に乾杯。
perfume and suppliance of minuteっというのは、perfume=香り、suppliance=供給、
minute=一瞬となりますが、「一時のみ注がれる甘い愛情」という解釈でどうですか先生。
ていうか上みたら「香も慰みも徒の束の間」って書いてあった。サッスガ坪内先生。
No moreというのはバイチャ、ということです。


以上とってもためになるシェイクスピア講座でした。
しかしこの話はここで終わらない。下は太宰治の『新ハムレット』の一節です。

 レヤ。「荷作りくらいは、おまえがしてくれたっていいじゃないか、ああ、いそがしい。船は、もう帆に風をはらんで待っているのだ。おい、その哲学小辞典を持って来ておくれ、これを忘れちゃ一大事だ。フランスの貴婦人たちは、哲学めいた言葉がお好きなんだ。おい、このトランクの中に香水をちょっと振り撒いておくれ。紳士の高尚な心構えだ。よし、これで荷作りが出来た。さあ、出発だ。オフィリヤ、留守中はお父さんのお世話を、よくたのんだぞ。何を、ぼんやりしているのさ。此の頃なんだか眠たそうな顔ばかりしているようだが、思春期は、眠いものと見えるね。あたしにも苦しい事があるのよと思う宵にもぐうぐうと寝るという小唄があるけど、そっくりお前みたいだ。あんまり居眠りばかりしてないで、たまにはフランスの兄さんに、音信をしろよ。」 
 オフ。「すまいとばし思うて?」 
 レヤ。「なんだい、それあ。へんな言葉だ。いやになるね。」 
 オフ。「だって、坪内さまが、――」 
 レヤ。「ああ、そうか。坪内さんも、東洋一の大学者だが、少し言葉に凝り過ぎる。すまいとばし思うて? とは、ひどいなあ。媚びてるよ。いやいや、坪内さんのせいだけじゃない。おまえ自身が、このごろ少しいやらしくなっているのだ。気をつけなさい。兄さんには、なんでもわかる。口紅を、そんなに赤く塗ったりして、げびてるじゃないか。不潔だ。なんだい、いやに、なまめきやがって。」 


とまあこんな調子で続くんですが、残念ながら長くなるので途中までしか載せられません。
面白いと思ったら『新ハムレット』買って読んでちょ。
ボクは「すまいとばし思うて?」というのを読んで爆笑しました。
前書きに「一部、坪内先生の訳を小馬鹿にしているところがある。悪気はない。」
みたいなことが書いてあって、それをみて先に坪内逍遥訳の『ハムレット』を読んだのですが、
まさかこんな形ででてくるとは。『新ハムレット』面白いので是非読んでみてください。
先にシェイクスピアのものを読んだほうが楽しめます。
ちなみに坪内先生訳の『ハムレット』は絶版になっていて、
なんとシェイクスピア戯曲全集しか手に入りませんでした。しかもコレすべて原文つき。
超デカイ。物好きの人は一度本屋で見てみてください。
読むのはかなーり大変ですが結構おもろいです。
(ていうかむしろ日本語の意味がわからずに、原文と照らし合わせてそれを英和辞書で
引く、という二重の手間が。でも坪内先生サイコー。全部「歌舞伎調」です。爆笑もの。)


ではまたすまいとばし思うて。


ザ・シェークスピア―全戯曲「全原文+全訳」

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新ハムレット (新潮文庫)

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